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Women's Sexual Healthについて書くブログ

昼間は医療機器メーカーの会社員が女性のセクシャルヘルスとラブライフ、台湾・日本国際結婚と妊娠・出産について書きます

【妊娠出産記③】心拍確認から稽留流産の確定診断まで

この話、どうしたって重めのトーンになってしまうのですが、明るく話すのも難しいので、もう少しだけお付き合いくださいませ!

 

 

2度目の妊娠の確定診断から1週間後の10月19日頃からは、つわりらしきものも始まった。だるさと気持ち悪さがあり、さらに一日中眠い。

 

ちょうどこのとき、勤務する会社では大リストラがあり社内は揺れに揺れていた。しかしそんな大変な中でも、私の方は、2週間後の10月27日の診察で心拍を確認することができた。

病院で、ちっちゃなピクピクっと動く赤ちゃんの心拍を見て私が「良かった・・・!!」と安心し、喜んでいたその同じ日に、入社して1年も経っていない3人の子どもがいる30代の営業社員や、若い新婚の同僚などがクビを言い渡されていた。人生の光と陰が。

 

 

ちなみに、この心拍が確認できた日も、私は風邪で体調が悪かった。

身体がだるく、熱があるような感じのまま会社に電車で向かい、降りるはずだった駅も寝過ごした。

今思えば休めば良かったのに、何でそんなに私は会社に行きたかったのだろうか。忙しかったりアポがあったり会議があったりしたのだが、今思えば大した用事でもない。

 

 

次の診察は出産を希望する病院で、ということで、また紹介状をもらい、前回と同じ総合病院を2週間後に予約した。

 

どうか、今度は無事に育ってくれますように、と祈る日々。

 

 前回の心拍確認から2週間後の11月9日、会社を休んで総合病院へ診察に向かった。気分も穏やかで、悪いことは何も考えていなかった。

今回は新しい女の先生の部屋に通され、まず見てみましょうか、ということで診察。

超音波で見たところ、心拍が見えないという。

「角度により見えづらいということもあるから、来週もう一度来てください」と言われる。希望は捨てたくないけれど、あまり良い話では無いようだ。冷静に先生の話を聞いてはいたけれど、やはり落ち込む。順調だと思っていたし、2週間前には動いているのがかっきり見えたから。まさか止まることなんてあるの??と。

帰り道、「でも大丈夫、きっとがんばってくれる。」という希望と、「やっぱり私の想いが足りなくて、まだ私のもとには来てくれないんじゃないか、まだ色んな面で未熟だから、母親として失格だからじゃないか?」と自分を追い込む系のことを繰り返し、悶々と考えてしまう。

この診察の日の朝は、ふっと急につわりがなくなった気がして、ふつうに食事を食べられた。また翌日も、なんだか身体の調子がふつうに戻って来ているような感覚があった。

先週の身体のだるく重い感じとは、何かが違う。そのことも、生きようとするお腹の中からのサインが消えたことを表している気がして、一層不安に拍車をかけた。

 

実はちょうどこの週末(15日)に、ある資格試験の2次試験があったのだが、勉強も全く手つかずで受ける状態ではなく、その日の朝も起き上がる気力が無く、無断で欠席。受験料2万円は無駄に飛んで行った〜。

 

 翌日の通院で結果が分かるかと思うと怖くていたたまれない。お願いします、生きていてくれますように、と祈る。

 

11月16日、再度通院し、稽留流産の確定診断となる。

 

11月末頃。日が経つにつれ、すっかりつわりも胸の張りもなくなって、おなかに生きていたあの感覚、実感は一切なくなった。

 

11月30日、通院。診察してもらったが、赤ちゃんの成分は前回よりさらに小さくなっていて、次回はとけてしまうかもしれない、とのこと。

 

今回は、自然流産ではなく、手術をすることを決める。

クリスマス前に以前から予約していた沖縄旅行があり、ちょうど旅行と出血が重なると大変だということと、もう一つ、「染色体検査」をするためには手術をして、胎児の成分を清潔な状態で採取する必要があることが理由だった。

 

流産の原因で最も頻度の高いものは、母体側の理由ではなく、赤ちゃん(胎児)の染色体異常で約80%に存在する。一般に流産は妊娠の約15%に起こり、流産の80%は赤ちゃんの染色体異常を合併しており、自然淘汰ととらえることができるそうだ。*

*不育症研究について/不育症研究-不育症治療に関する再評価と新たなる治療法の開発に関する研究-

赤ちゃん側の染色体異常があったのか無かったのか、調べることができるのであれば検査しておきたかった。

ただし検査しても染色体異常がない場合もあり、検査を受けたからといって流産の原因が確実に分かるわけでは無いが、それでも何らかの情報を得られるのであればやれることはやっておこう、ということで染色体検査を受けることを決め、手術の日を12月9日に予約した。